2011年07月20日

新井英樹 『ザ・ワールド・イズ・マイン』




まあ、読んで気分が悪くなった。

きっとみなさんもそうなるだろうと予告する。
しかも、一口に気分が悪いといっても、10人いたら10人分、色とりどりの気分の悪さ
をかみ締めることになるだろう、と。

しかしながら、読んで気分が悪くなるということは、僕にとってのこの漫画の
感想に大した影響を与えない。そもそも、人を意味もなく殺しまくる話なんて、
そりゃあ気分も悪くなるだろう。

この漫画を見て、その暴力性を心から楽しめる人も中にはいるだろうが、
この漫画はそもそもそういう連中をあまり相手にしていないと思うのだ。

正常に、健全に、気分が悪くなる、そんな普通の人をターゲットにした漫画である。

新井英樹はこの奇妙な漫画を通じて、巧妙に読者を「当事者」にまつりあげ、
挙句、どうにもならぬむき出しの矛盾をただ
「はい」
と、笑顔で手渡してくるのである。

まったく、わるいやつだ。
結局のところ、これは大部分が単なる作者の悪戯(テロ)なんだろうと思う。

イデオロギーと道徳とさまざまの利害関係をごった煮にして
「全部かき混ぜてガチでやってみたらどうなるか」
みたいな。

ここで書かれている悪夢の顛末は当然作者によって創作されたものである。
だが恐るべきは、新井英樹がほんの少し背中を押しただけのように見えることだ。
この悪夢はモンとトシによってのみ引き起こされたものでなく、周囲の人間の
コミットメントを得て形成されている、という意識を暗黙的に読者に対して抱かせるのである。

モンちゃんとかヒグマドンとか、ああいう非現実なほどの純粋な悪意に対して
ひどく人間くさい事情や感情をぶつけてくるのだ。

モンちゃんなんているわけない。
ヒグマドンなんて存在しているわけがない。

でも、犠牲者も
それを無責任に助長しているのも
面と向かって文句を言うのも、
自らの信念に基づいて必死に抗うものも
ただなんとも曖昧な気分でいるのも

こいつらはみんな存在し得るのだ。

まったく、この漫画で真にグロテスクな部分はここにつきると思う。
つまり、普通の人たちのリアリティーがグロテスクなのだ。
殺害シーンはグロテスクなのではない。
ただただ、絶望的で、リアルに「痛い」。それはもう、文字通り。


グロテスクな事情に自分自身が絡みとられて、いつのまにやら、知らない間に、
このよくできた悪夢に組み込まれている。

物語の中で、事態はどんどん酷いことになるけれども
みんなその酷いことを笑って無視できない。
馬鹿馬鹿しい、と一笑に付せない。
だって「自分のせい」でもあるから。

うーん
わるいやつだぁ。

おすすめの本では断じてないけど、もの凄い、とても無視できない漫画である。


posted by sandman at 23:01| Comment(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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